プロジェクトについて


3月11日、東日本大震災で街のほぼ大半が壊滅した大槌町。
もちろん、東日本の太平洋側は津波により多くの被害がありました。

ここ大槌は街の中心部が海側に面しており津波後の火事で、その全容はTVなどでご存知かと思います。

町の産業は、水産加工が中心となっておりましたが全ての加工会社は流されてしまいました。

その後、大手企業は他市へ会社を移転また、仮設工場建設予定地は決まるものの、完成まで時間がかかる状況です。

たしかに、いち早くという思いは募りますが工場が完成しても設備、機材を一から揃えられるのか!という資金面の問題に直面。

釜石、宮古は漁場が再開しておりますがここ大槌は、まだ再開しておりません。
船、定置の問題と様々です。

でも、皆、諦めることなく前進しよう!

皆様のサポート、ご支援を頂き工場完成と同時にいち早く三陸の海の幸を全国の食卓に届けたい!

同じ思いの4人が集まりました。 

この状況に、負けてたまるか!!と言う一心で立ち上がった!次第です。

これからの大槌町の名産名物となるべく水産だけではなく、産直農家の方々と協力しながら地場産品にこだわった、大槌のブランド商品を作ろう!復興に向け専門家の方々からご意見をいただきながら進行中です!

海と共に生きる町、大槌が津波が来た町ではなく
『三陸のど真ん中』で知られますように!


大槌町の地図

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【大槌町について】
2011年(平成23年)3月11日14時46分18秒、マグニチュード9.0の東日本大震災が発生し、大槌町も強い揺れに襲われました。
そして、この地震が引き起こした大津波とそれによって発生した火災により、町は壊滅的被害を受けました。
震災時、町長を始めとする町職員幹部ら約60人は災害対策本部を立ち上げるべく町庁舎2階の総務課に参集しましたが、止まない余震にいったん駐車場へ移動、さらに津波接近の報を受けて屋上に避難しようとしたものの、約20人が屋上に上がったところで津波が到達。町長と数十人の職員は間に合わず、庁舎の1、2階を襲った津波に呑み込まれ、そのまま消息が途絶えてしまいました。町長以外にも課長クラスの職員が全員行方不明となったため、行政機能は麻痺しました。
県都である盛岡市から車で数時間かかる地勢もわざわいして被害の全容が外部に伝わりにくく、周囲から孤立したような状況がしばらく続きました。
震災から5ヶ月、いま私たちは自ら立ち上がる決意をし、このプロジェクトに参加しています。皆様のご支援を何卒よろしくお願い致します。


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